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4/24(土)は、母の命日でした。
あれからもう一年経ったなんて、なんだか不思議な感じです。
未だに母が夢に出てきます。母は、夢では必ず生きているのですが、夢の中では姿を見せない存在なのです。家で私が寝ていて、目が覚めると母は既に出かけてしまっている、とか、電話の向こう側にいる、、、とか…。
母の死は、急ではありましたが、それも本人の運命で寿命なのかもしれません。
しかし、人間は神様ではないので、未来とか寿命とか、運命とか修行とか…、痛みや苦しみと戦ってる時はそんなことは知る由もなく、やはり人間のまま亡くなっていく母は、どんな恐怖と孤独と苦しみを抱えていたんだろうと思うと、痛切です。
運命という言葉はなんとなく理解できるけど、もしやそんな解釈をすることで、人は悲しみから逃れているのかもしれません。でも、それでいいと思います。生きている私たちは、悲しみにくれて生きていくことはできないので。
仏教では亡くなってから一年目の命日を一周忌と言いますが、神道では一年祭と呼びます。それなりに意味のある節目になるのですが、特に神主さんを招く訳でもなく、前日の23(金)の夜、身内だけで食事会をしました。
いつもの顔が集まって、もりもり食べて飲んで、楽しい食事会でした
母も、参加していたのかしら?
どうかな?
COMMENT
コメントありがとうございます
そうは言っても、いつも悲しんでいるわけではありませんレッスンの時は、本気で笑っております(笑)
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何も知らずに
ご不幸のこと、知らずにおりました。
駒ヶ根のダンスの発表を観に来てくださっていたことを思い出しました。
先生はいつも明るく振舞われているので、そんな悲しいことがあったとは思いもしませんでした。
申し訳ありません。
私は、食事会、お母様もきっと、一緒に楽しまれていたと思います。
てっちゃん 2010/04/30 01:34 EDIT RES